東京高等裁判所 平成4年(行ケ)171号 判決 1993年5月27日
イタリア国 フィレンツェ ピアッツァ ストロッツィ 1番地
原告
プリンチペ ソシエタ
ペル アッチオーニ
同代表者
ドニ セルジオ
同商標管理人
佐藤一雄
同訴訟代理人弁護士
神谷巖
同弁理士
森一郎
同
羽取浩
イタリア国 ヴァレーセ ヴィア・ドゥカ・デリ・アブルッツィ 166番
被告
プリンチペ・エッセ・ピ・ア
同代表者
エリオ マローニ
同訴訟代理人弁護士
佐藤雅巳
同
古木睦美
主文
特許庁が昭和62年審判第17543号事件について平成4年4月9日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。
事実
第1 当事者双方の求めた裁判
1 原告
主文第1項、第2項同旨
2 被告
(1) 原告の請求を棄却する。
(2) 訴訟費用は原告の負担とする。
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、「PRINCIPE」の文字からなり、指定商品を商標法施行令(平成3年政令第299号による改正前)別表第21類(以下単に「第21類」という。)「装身具、ボタン類、かばん類、袋物、宝玉およびその模造品、造花、化粧用具」とする登録第1606003号商標(以下「本件商標」という。)の商標権者であるが、被告は、昭和62年9月25日、指定商品中「かばん類、袋物、洗面用具入れ」について本件商標の登録取消審判を請求し(以下「本件審判請求」という。)、昭和62年審判第17543号事件として審理された結果、平成4年4月9日「登録第1606003号商標の指定商品中『かばん類、袋物、洗面用具入れ』についてはその登録は、取り消す。」との審決があり、その謄本は同年5月8日原告代理人に送達された。なお、原告のために出訴期間として90日が附加された。
2 審決の理由の要点
(1) 本件商標の指定商品及び構成は、前項記載のとおりである。
(2) 請求人(被告)は、結論同旨の審決を求め、その理由及び被請求人(原告)の答弁に対する弁駁を次のように述べ、審判手続における甲第1号証ないし第3号証を提出した。
<1> 被告は、本件商標の指定商品中「かばん類」「袋物」についての登録の取消請求につき利害関係を有し、本件商標は該指定商品について過去3か年の間使用されたことがないから、商標法50条1項の規定により登録を取り消されるべきである。
<2> 原告は、審判手続における乙第1号証ないし第3号証を提示し、本件商標と連合する「プリンチペ」の文字からなる登録第1224252号商標(以下「本件連合商標」という。)を「かばん類」について使用していると主張するが、同第3号証の「納品受領書」によっては、その表示態様からして「かばん類」である「サマーバッグ、ポーチ、ショルダーバッグ」には「プリンチペ」の商標が付されていないから、前記連合商標が使用されていたものとは認められない。
(3) 原告は、「本件審判の請求は却下する。または、本件審判の請求は成り立たない。審判費用は被告の負担とする。」との審決を求めると答弁し、その理由を次のように述べ審判手続における乙第1号証ないし第3号証を提出した。
<1> 被告は、商品「洗面用具入れ」については審判請求の法律上の利害関係を有しないから、本件審判請求は全体が不適法なものとして却下されるべきである。
<2> 原告は、下記に述べる如く、指定商品「かばん類」について本件連合商標を使用していたから、本件商標の取消事由はなんら存しない。すなわち、原告は、審判手続における乙第2号証に示す如く、株式会社西武百貨店(以下単に「西武百貨店」という。)との間に、昭和60年4月1日付で、商品区分第21類中の商品「カバン」につき、本件商標及び本件連合商標の「商標使用許諾に関する覚え書」を締結している。そして、商標使用被許可者たる西武百貨店は、本件審判請求の予告登録日である昭和62年11月4日以前3年間の期間内に属する昭和60年6月19日付のエスエス製薬株式会社(以下単に「エスエス製薬」という。)から西武百貨店宛の「納品受領書」に徴して明らかな如く、「サマーバッグ、ポーチ、ショルダーバッグ」等の「カバン類」について、本件商標と連合する前記商標「プリンチペ」を使用している事実の存在することが明らかである。
(4) 本件審理に関し、当事者間に利害関係の有無について争いがあるので、この点について判断するに、被告が利害関係を有するとの主張に基づき、当審において調査したところ、被告は昭和59年11月7日「PRINCIPE」の文字を含む商標を「かばん類、袋物」(昭和62年9月29日付手続補正書により減縮補正している。)を指定商品として、第21類に登録出願(昭和59年商標願第117527号)したところ、本件商標を引用して拒絶査定がされ、現在審判に係属中であることが認められる。
してみると、被告は前記した具体的拒絶理由(被告出願商標の指定商品「かばん類、袋物」と本件審判請求に係る指定商品中の「洗面用具入れ」とは、商品の使用目的を同じくするばかりでなく、その流通系統等をも共通にする類似の商品と認められる。)を排除するため、本件審判請求をなすについて利害関係を有するものとするのが相当である。
そこで、本案に入って審理するに、原告は本件商標と相互に連合商標となっている本件連合商標「プリンチペ」を「かばん類」について使用していたと主張し、それを立証すべく「納品受領書」を書証として提出している。しかしながら、該納品受領書によれば本件審判請求に係る指定商品中の「かばん類」に含まれる「サマーバッグ、ポーチ、ショルダーバッグ」について、納入がなされたことは認められるとしても、該商品にはいずれも前記連合商標「プリンチペ」の表示がなされていないことからして、前記商品に該商標を使用していたものとは認めることができない。そして、他に本件商標あるいは本件連合商標の使用を明らかにすべき書証の提示は見当たらない。
してみれば、本件商標及び本件連合商標のいずれもが、本件審判請求の登録前3年以内に日本国内において、商標権者等により請求に係る商品について使用されていなかったものといわざるをえない。
したがって、本件商標の登録はその指定商品中結論掲記の商品について商標法50条の規定により、これを取り消すべきものとする。
その他の原告の主張は上記認定判断に影響を及ぼすものでない。
3 審決を取り消すべき事由
審決は、「本件商標及び本件連合商標のいずれもが、本件審判請求の登録前3年以内に日本国内において商標権者等により請求に係る商品について使用されていなかった」と判断している。
しかしながら、次のとおり、本件商標及び本件連合商標は、本件審判請求の登錫前3年以内に商標権者から使用許諾された者により指定商品に使用をされていたから、この審決の判断は誤りであり、審決は違法であるから、取り消されるべきである。
(1) 大東紡織株式会社(以下単に「大東紡織」という。)は、昭和58年7月28日、本件商標の登録を受けたが、指定商品中「かばん類、袋物、洗面用具入れ」について被告から請求された本件商標の登録取消の審判は、昭和62年11月4日予告登録された。
(2) 大東紡織は、昭和60年4月1日、西武百貨店に対し半年間に限り、本件商標及び本件連合商標の使用を許諾した。
(3) 西武百貨店は、エスエス製薬からサマーキャンペーン向け販売促進商品の発注を受け、上記(1)のとおり本件審判請求の予告登録された日から3年以内である昭和60年6月19日に同社に対し、本件商標に係る指定商品であるサマーバッグ、ポーチ、ショルダーバッグをTシャツ、ハンカチとともに納入したが、それらの商品にはいずれも本件商標が付されていた。
第3 請求の原因の認否及び被告の主張
1 請求の原因1、2の事実は認める。
2 同3の審決の取消事由は争う。審決の認定、判断は正当であって、審決に原告主張の違法は存在しない。
(1) 同3(1)の事実中、大東紡織が昭和58年7月28日本件商標の登録を受けた点は認めるが、その余の事実は否認する。
(2) 同3(2)の事実は否認する。
この事実を証明するために原告から提出された甲第6号証は、偽造された架空の契約書であり、原告主張のような契約は存在しなかった。
なぜならば、およそ会社間で交わされる契約書等の合意書は、作成権限を有する担当者の所属部署、肩書及び氏名を記載し、その職印を押捺して作成するものであるのに、甲第6号証には、契約当事者双方についてそれらの記載、押捺がないし、西武百貨店名下に押捺された判が甲第7号証のものに押捺された判と異なっている。また、甲第6号証の作成者として原告から申請された証人有明利昭は、一担当者でしかなく甲第6号証の如き契約書を作成できるはずはないし、誘導尋問がされるまで大東紡績株式会社の担当者を思い出せないのも不自然であり、同人の証言によって甲第6号証の成立を認めることはできない。そして、甲第6号証による契約は特定の目的であるはずなのに、甲第6号証によると、使用商品の製造、販売数、使途に限定がなく、使用料金も常識に反した安いレートとなり、不自然である。そのうえ、被告は本件審判請求とは別に昭和62年3月10日に本件商標について登録取消審判の請求(昭和60年審判第3732号)をしたが、大東紡織は、ベルトについて本件商標を使用していることの主張立証をしたのみで甲第6号証に記載された商品についての使用を主張立証しなかったし、同事件で証拠として提出した新聞記事(乙第5号証)と対比しても、大東紡織が西武百貨店に甲第6号証のような使用許諾をするはずはない。さらに、西武百貨店は、小売店であり取扱商品についてクレームがつくのを嫌がるから、イタリアにおける本件商標の商標権者及び乙第5号証に現れた使用権者が甲第6号証の契約を承諾したことを求めるはずなのに、甲第6号証にはそれを窺わせる明文の条項も添付資料もない。
(3) 同3(3)の事実は否認する。
この事実を証明するために原告から提出された甲第7号証は、偽造された架空の書面であり、西武百貨店が本件商標を使用した事実はない。
すなわち、甲第7号証は、その体裁から西武百貨店が商品を納入した事実を示すものではありえず、押捺された西武百貨店の判も甲第6号証の判と異なり、納品番号も記載されておらず、社名が一部欠けており、取引価格が大きいのに手書きのものであるから、不自然である。しかも、記載された商品は、製造発売元が異なるから、一枚の伝票にまとめられるはずはなく、量が膨大で、ダンボール箱で何十箱にもなり、箱毎に納品伝票が付されたはずであるから、たった1枚の納品書で同時に納品されることなどありえないし、納入、検収に時間がかかるから、納品日と同じ日に検収が終了するはずもないし、さらに甲第7号証記載の商品の数量は端数があり、キャンペーン商品としては不自然であり、甲第7号証が架空の偽造された書証であることを物語る。
また、検甲第1号証のショルダーバッグが昭和60年頃製造され、西武百貨店がエスエス製薬に納入したことを示す証拠がなく、同証によって本件商標が当時指定商品に使用されたということはできない。
第4 証拠関係
本件記録中の証拠目録の記載を引用する。
理由
1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)及び同2(審決の理由の要点)の各事実は、当事者間に争いがない。
2 そこで、原告主張の審決の取消事由について判断する。
(1) 大東紡織が昭和58年7月28日本件商標の登録を受けたことは、当事者間に争いがなく、成立に争いがない甲第2号証によれば、本件商標の指定商品中「かばん類、袋物、洗面用具入れ」について被告が請求した本件商標の登録取消の審判は昭和62年11月4日に予告登録されたことが認められる。
(2) 証人有明利昭の証言により真正に成立したものと認められる甲第6号証、同証人の証言によれば、昭和60年4月1日、大東紡織は川崎を担当者とし、西武百貨店は商事部の有明利昭を担当者として、両社の間で、「商標使用許諾に関する覚え書」という表題の書面を交わして、使用商品を前記別表第17類「T-シャツ、ハンカチ」及び第21類「カバン」とし、使用期間を同日から同年9月30日までとし、使用料金を40万円として、大東紡織が西武百貨店に対して本件商標及び本件連合商標の使用を許諾するとの趣旨の契約を交わしたことが認められる。
もっとも、被告は、事実欄第3の2(2)記載の理由に基いて甲第6号証が偽造された架空の契約書であり、上記の契約は存在しなかった、と主張している。
確かに、成立について争いのない乙第3、第4号証によれば、本件審判請求とは別に被告が昭和62年3月11日に指定商品である第21類の「装身具、ボタン類、かばん類、袋物、宝玉およびその模造品、造花、化粧用具」の全部について商標法50条1項に基づき本件商標の登録取消審判の請求をした(昭和62年審判第3732号)際に、大東紡織は、ベルトについて本件商標を使用していることの主張立証をしたのみで甲第6号証に記載された商品についての使用を主張立証しなかったことが、認められる。しかしながら、商標法50条1項により指定商品の全部について登録商標取消審判請求の申立をされた被請求人は、指定商品のいずれか一つについて使用の証明をすれば足り、全指定商品の使用の証明をする必要はない。したがって、大東紡織の代理人がもっとも立証の容易なベルトのみの使用を主張立証すれば足りると考えても何ら異とするに足りないから、上記審判事件において大東紡織の側がかばん類等の使用を主張立証せず、甲第6号証を提出しなかったことをとらえて、そのことから甲第6号証が偽造のものであるということはできない。
また、乙第1、第2号証については原本の存在及び成立の証明がないが、仮にその証明がされたとしても、これらの書証によって認められるのは、西武百貨店においてその書式の書面が使用されたことがあるとの事実に留まり、同百貨店でそれら以外の書面を用いた契約締結例がないことを認めるには足りないから、甲第6号証が偽造、架空ということは難しい。そして、成立について争いのない乙第5号証、第7、第8号証の記載内容も、証人有明利昭の証言と対比すれば、直ちに甲第6号証が偽造、架空の契約書であることには結びつかないというべきである。
さらに、甲第6号証によれば、同号証には契約当事者の担当者の氏名等の記載がなく、西武百貨店名下に押捺されたいわゆる社判は甲第7号証に押捺された西武百貨店の社判と異なっているし、使用商品の製造、販売数、使途に限定を加える明示の記載がないことが明らかであるが、これらのことから同号証が偽造、架空のものであるというには無理であるというほかはない。
他に被告が甲第6号証が偽造された架空の契約書であると主張する理由は、いずれも単なる憶測等至って薄弱な根拠に基づくものであって、いずれも採用することができず、甲第6号証が偽造であるとの被告の主張は、結局失当である。
したがって、大東紡織は、昭和60年4月1日、西武百貨店に対し、本件商標及び本件連合商標を同日より同年9月30日まで使用することを許諾したものというべきである。
(3) 証人有明利昭の証言により原本の存在及び成立を認めることができる甲第7号証、同証人の証言により有明利昭が所有し保管していたショルダーバッグであると認められる検甲第1号証、同証人の証言によれば、西武百貨店は、昭和60年の夏以前にエスエス製薬から、同社の販売促進商品として使用するために、Tシャツ、サマーバッグ、ポーチ、ショルダーバッグ、ハンカチの発注を受けたこと、そこで、西武百貨店は、畔上ガラス工業株式会社に対し本件商標を付したサマーバッグ、ポーチ、ショルダーバッグを製造することを注文し、Tシャツについて尾山株式会社に、ハンカチについてカワケイに同様の注文をしてこれらを製造させたこと、畔上ガラス工業株式会社では、注文を受けた商品を製作し、そのうちショルダーバッグの完成品の見本を西武百貨店の担当者である有明利昭方に持ち込んだのに対し、同人は、確認をした見本をそのまま畔上ガラス工業株式会社からもらい受けて自宅に保管していたが、その見本が検甲第1号証のショルダーバッグであること、エスエス製薬では、商品取引に用いるために請求書、領収証等6枚が綴られた同社の名の印刷された伝票(以下「指定伝票」という。)を用意していたが、その1枚目は、納品受領書と題され、同社の社名が印刷された同一行の先頭部分に取引先がその名を記入して印を押捺する欄が設けられていたこと、エスエス製薬では、納品業者から商品を買い受ける取引に当っても業者に指定伝票を使用するように指定して指定伝票を購入させており、業者は、商品を納入する際に、指定伝票のうち納品受領書の商品欄に記入のうえ取引先欄に業者名を記入押印してエスエス製薬に提出し、エスエス製薬の検収担当員から検収を受けるとその納品受領書に検収員の印を受けて納品受領書の受取に代え、のちにエスエス製薬作成の別の納品受領書と差し替える扱いがされていたこと、西武百貨店は、昭和60年6月19日、エスエス製薬に対し、本件商標の付されたサマーバッグ、ポーチ、ショルダーバッグを同じく本件商標の付されたTシャツ、ハンカチとともに納入して同社の検収担当員古岡による検収を受け、その際上記の指定伝票のうち納品受領書(甲第7号証)を提出して古岡から検収印を受けたことが、認められる。
もっとも、原告は、事実欄第3の2(3)記載の理由に基いて、甲第7号証は偽造された架空の書面であり、西武百貨店が本件商標を使用した事実はない、と主張する。
しかしながら、上記認定事実と対比すれば、甲第7号証の元来印刷された部分の体裁がエスエス製薬に対する納入業者の納品受領書の書式を採っていないことを理由に甲第7号証が偽造又は架空であると判断することはできない。また、甲第7号証を子細に調べてみると、「株式会社西武百貨店」の社判が押されていることが明らかであり、甲第7号証に西武百貨店の社名が一部欠けているとの原告の主張は前提を欠く。そして、他に原告が甲第7号証が偽造された架空の書面であると主張する理由は、いずれも単なる憶測の類であって、根拠は薄弱であるというほかはなく、採用の限りでなく、原告の主張は、結局失当で、甲第7号証は真正に成立したものと認めることができる。
そうすると、西武百貨店は、本件審判請求の予告登録された日から3年以内である昭和60年6月19日頃までに本件商標に係る指定商品のサマーバッグ、ポーチ及びショルダーバッグに本件商標を付したうえ、同年6月19日これらの商品をエスエス製薬に対し納入して、本件商標を使用したことが明らかにされているといわなければならない。
(4) 以上によれば、本件商標は、本件審判請求の登録前3年以内に商標権者から使用許諾された者により指定商品に使用されていたというべきであるから、「本件商標及び連合商標のいずれもが、本件審判請求の登録前3年以内に日本国内において商標権者等により請求に係る商品について使用されていなかった」と判断した審決の判断は、結局において誤っており、違法である。
3 よって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の付与について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)